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10/30/2007 ’昨日’好久没去他的家。 好久没吃他亲手做的菜。 好久没看他的笑脸。 好久没听他唱的歌。 好久没和他在一起逛街。 好久没和他在一起喝冰咖啡。 好久没和他在一起吃日本面条。 好久不和他在一起,是因为希望今天能够和他在一起。 真島昌利‘カレーライスにゃかなわない’ http://jp.youtube.com/watch?v=GumfXv2zqjE 10/25/2007 北京(5)-‘折腾’‘折腾(ちゃーたん)’というのは、‘悪戦苦闘する’という意味だ。 あんなにカッコいい子が、なんでこんなハンドルネームをつけるんだろう、 と思うが、本人は、常に悪戦苦闘してるらしい。 ‘♪奮闘、努力の甲斐もなくぅ~~~♪’ちょっと‘寅さん’的なところがある彼。(折腾,ごめんね。ε=( ̄。 ̄;)) あの国で教師をする、という事は、必然的に、イデオロギーに規定される、という事だ。 自分が信じたくもない事を、信じろ、と毎日、生徒に教えなければならないのは、 心理的に大きな矛盾を伴うに決まっている。 毎日、‘子供達は不幸せだ。(=ぼくも。)’とぼやいてしまう折腾である。 常に、何か遠くのものを見ようとしているような彼。 ギターを弾き、作曲し、詩を書き、伝統的な芸術、文化を愛している折腾は、 北京からも故郷からも離れた場所で、悪戦苦闘している。 親友logの言、‘あの性格だもん、近い将来、......と僕はふんでいる。’、おいおい、log。 ‘艱難汝を玉にす。’ 今の苦労が将来の実りとなる事を信じています。 折腾が16歳の時に書いた詩。 遥望 (彼方へ) 写于十六岁秋天 (16歳の秋、記す) 你望着天,看着云儿的衣裳 (君は空を見上げ、雲の衣装を眺めている) 我望着你,仿佛花儿的模样 (僕は君を見ている。さながら花のような君、) 你仿佛鸟儿天空中飞翔 (空に舞う鳥のような君を) 我好像落叶湖心中荡漾 (僕の心は落葉の散る湖のように揺らめき) 只能遥望,迷茫目光,心在流浪,没有方向 (ただ彼方を眺めるだけ、視線はあてどなく、心はさすらう、行方を見失って) 你的美丽是天使的光芒,我的歌声也因你而徜徉... (その美しさは天使の輝き、僕の歌声も君ゆえにさまよう) ‘その美しさは天使の輝き、僕の歌声も君ゆえにさまよう’ 折腾、この詩さながら、天使のように可愛い顔の男の子です。 (本人は外見には価値がない、などと言うが、中身がいいから、余計可愛く見える、という事もある。) 折腾、がんばってね。 彼が百听不厌(百回聞いて飽きない)というNick Drake"Fly" http://jp.youtube.com/watch?v=_ShXHW_FrlM 10/24/2007 北京(3)-‘log’谷川俊太郎の詩(?)に‘ジャックっていう名前の友達がいたらいいのにな、 大声で、ジャック!って呼ぶんだ’とかいうのが、あったと思うのだが、 彼も大声で、「log!」と呼びかけたくなるような、そんな男の子だ。 山東省の男性は、デッカイ人が多いと聞くけど、 logも身長は183センチ、それでも大きくはないほうらしい。 旅行に行く前、157センチの私が、彼にくっついて北京の街を歩くのは、 大変かもしれない、と思っていた。 実際は、どうだったか、というと、 私の荷物は、折腾と交代で持ってくれ、 階段の上り下りでは手を引いてくれ、 道路を横断する時(北京のドライバーは通行人を見つけると速度を上げます) は、手をつないでくれ、 『東京だよ、おっかさん』、の孝行娘も真っ青になる位、 よくしてくれた。 溜达溜达(‘りゅーだりゅーだ’=ぶらぶら歩く)という言葉があるけれど、 北京の人は上海の人ほど早く歩かない。 オリンピックの工事で、あちこち掘り返して、でこぼこの街を 二人のおかげでゆっくりと歩く事ができた。 logのすごいところは、滅多に怒らないこと。 いくらのんびりしてるとはいえ、北京は大都市だから、嫌な事にも出くわすのだが、 タクシーの運ちゃんから、冷たくあしらわれても、彼は、柳に風という感じで受け流す。 困った事があっても、相手がなんとか折れてくれるまで、辛抱強く交渉する。 私がヨーグルトが好きなのを知って、酸奶(‘すわんなぃ’)という素焼きの壷に入った飲むヨーグルトも 買ってくれた。 logは、今年大学を卒業して就職したばかり。 一人で北京に出てきて、高層マンションの部屋を細かく区切った、狭い部屋に寝起きしている。 机の上にはパソコンが一台、ベッドの下には歯ブラシとコップが置いてあった。 ハンガーなんか置く場所がないから、洋服は窓の桟につるしてある。 この前、お父さんが故郷から様子を見に来た時は、一つのベッドに父子二人で寝たそうだ。 お父さんは、彼の就職先を見、下宿に泊まり、夜は息子と相声(‘しゃんしょん’=中国の漫才)に行き、 安心して帰って行ったらしい。 頼もしい甥っ子のような、ボーイフレンドができた気分です。 谢谢log!(^_^) logのお気に入り、郭德綱 相声 《論夢》 http://jp.youtube.com/watch?v=gRd6ckPzHR4 10/16/2007 回国了”谢谢log!谢谢折腾!” 只想说”感谢!!真是舍不得你们。非常非常感谢!!” ”我的家” 小娟&山谷里的居民 http://jp.youtube.com/watch?v=y8mWtPMBi_M 帰ってきました。二人の友達のおかげで、小娟&山谷里的居民の演奏も聴く事ができました。 (わざわざ『恋人よ』、を歌ってくれた小娟、本当に素敵な女性でした。もちろん、山谷里的居民のお二人も!) 歴家菜の料理は清淡美味!200元で十分お腹一杯。お勧めします。 今度行く時は美味しい四川料理をご馳走しなくちゃ。 ”Quizas, Quizas, Quizas” 小娟&山谷里的居民 http://jp.youtube.com/watch?v=cur-ALorL0c sakautaさん、大佐、ASHI写真、バッチリ撮れましたよ! もう少し待っててくださいね。 (^_^) それにしても北京、寒い時は本当に寒いんですね。(あなどってました。ε=( ̄。 ̄;)) 9/27/2007 Arik Einsteinアリク・アインシュタイン。 http://en.wikipedia.org/wiki/Arik_Einstein "Lama Li Lakahat la Lev(=Why should I take it to my heart)" http://jp.youtube.com/watch?v=Y5-O8URE36c いい男は、鼻こすってても、セクシーです。 若い頃はハイジャンプの選手だったらしい。 この人の顔、声、作る歌、好きです。 1939年テルアビブ生まれ、現在68歳。 "Layla Layla (=Night Night)" http://jp.youtube.com/watch?v=cNNEO8UEALU 歌詞 http://www.hebrewsongs.com/song-laylalayla.htm "Ze Lo Bediuk Gagua" http://jp.youtube.com/watch?v=FwJggEenu28&NR=1 祝和平。 http://jp.youtube.com/watch?v=-ou-AV0LdRI 9/24/2007 まぢそん郡の橋、フォーリングダウン♪さっき豆瓣九点を読んでいたら、‘女性に悪影響を及ぼす映画’という見出しが目に留まった。 挙げられていたのは以下5つ。(右は私の評価、☆5つが最高) 《廊桥遗梦》=マディソン郡の橋 (-100☆) 《玻璃之城》=玻璃之城 (☆) 《红舞鞋日记》=続・蘭の女 官能のレッドシューズ 未見のため評価できず 《钢琴课》=ピアノレッスン (☆☆☆☆☆) 《走出非洲》=愛と追憶の日々 (☆) 女性に悪影響を及ぼすって、要するに、不倫がテーマって事ですね。 うち4つは見たことあり。 私、ダメ出しされてるんだろうか?と思いつつ評価してみました。 『まぢそん郡の橋』、評価マイナス100! クリント・イーストウッドの髪が‘ワカメ’みたいに額に貼り付いていた、 メリル・ストリープのヌードが‘牛’みたいだった という評を読んで、激しく同感した私。 あんまり俗っぽいので背筋もゾクゾク、途中で見るのやめようかと思った位だ。 この映画に悪影響されちゃう女性、うーむ、強そうだ。考えるだに、怖い。 《红舞鞋日记》=続・蘭の女 官能のレッドシューズ、お~、面白そう。いひひ。 9/22/2007 有种男人真难对付伪装别人也要写坏话,这种人,谁想交朋友呢? とにかく、私は、 しつこい男は大っ嫌い! だ! p( `o´ )q to a fuc×'n sightseer http://jp.youtube.com/watch?v=5OHq7fNrxtI 以上。 7/30/2007 Boy Friend我心目中的男朋友应该是教导我的人。(虽然我不是单身,但如果没结婚的话,最理想的男友还是那样的 嘿嘿) 很久很久很久以前,喜欢上一个小伙子,整天在一起。 他是一个艺术爱好者,而且不惜劳苦把得到的知识分享别人。对我来说,他简直是最好的导师。 在他的建议下,我们有时侯去听演奏会,有时侯去看电影,戏剧和展览会,甚至于去看巴蕾舞和歌剧。 俗语说,勤则不匮,可我们睁了钱就花,经济生活基本上一贫如洗。 既然如此,感情生活却非常充实,现在想出来也很怀念。 某年的除夕,还是老样子,他约我去看了一部电影,叫《爱情的奴隶》。 剧名有点黄色的感觉,我路上问问他,“那是什么样的电影?” 他说,“你不用担心啊,导演是Nikita Mikhalkov,肯定是很好的。” 那天很冷,我们走着走着,半路果然就下雪了。 除夕应该在家团聚,电影院人很少。 不愧是出色的导演做的,《爱之奴隶》很幽默却充满悲哀,我们都很满意着离开电影院了。 时间都不早,觉得有点饿,可食堂餐厅到处都已经关门,找了半天,好容易找到一家伊太利餐厅。 伙食说,“对不起,今天除夕,我们早点关门,面食以外不能做。” 于是我们点了两盘西红柿面食和一瓶葡萄酒作为过年的晚饭了。 菜的味道不好吃,可我觉得,能够和他在一起,这才是幸福的。(年轻嘛...) 后来结婚的老公也喜欢教导,可他喜爱的是武术,那我一点都不感兴趣~ 《爱情的奴隶》 http://jp.youtube.com/watch?v=mfBThP4ZN8U 6/30/2007 废物(大×政治家)http://www.chunichi.co.jp/s/article/2007063001000274.html「原爆投下しょうがない」 久間防衛相が講演2007年6月30日 13時37分 久間章生防衛相は30日、千葉県柏市の麗沢大で講演し、先の大戦での米国の原爆投下について「長崎に落とされ悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている。それに対して米国を恨むつもりはない」と述べた。 米国が旧ソ連の日本への参戦を食い止めるため原爆を投下した側面があるとの見方を示し「日本が負けると分かっているのにあえて原爆を広島と長崎に落とし、終戦になった。幸い北海道が占領されずに済んだが、間違うと北海道がソ連に取られてしまった」と指摘。 また「勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得るということも頭に入れながら考えなければいけない」と述べた。 (共同) http://china.kyodo.co.jp/ 2007年06月30日(星期六) 19:28 18:20
【共同社6月30日电】日本防卫相久间章生30日在日本千叶县柏市的丽泽大学发表演说,关于二战期间美国在日本投下原子弹一事表示,“长崎遭原子弹袭击
后,的确经历了惨痛的灾难。然而战争由此宣告结束,这样想来这或许也是无奈之举,我不会在此事上记恨美国”。预计此番言论必将招致在野党和受害地的严厉指
责,同时也可能影响到参院选举。安倍政权可谓老麻烦未消又添“新愁”。 東京の一等地に新しく建てられた高級ホテルのような衆議院宿舎。 マンション持ってるくせに、違反入居して家族に使わせて槍玉に挙げられてる政治家の筆頭がこの男。 発言からしても公私の区別もつけられない奴だという事がわかる。こんなバ×が防衛庁長官。日本の現実だ。哀しい。 頭の整理!? よく言うわよ。東大卒。下暗し。 《久間章生HP》日の丸だらけ。 http://www.f-kyuma.com/ こういう事をやってるらしい。(私の実家は入間市にあります。) http://www.geocities.jp/nomd_campaign/ こういう話もしている。(いったい×ら位貰ってきたんだろう?) http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=88454&servcode=200§code=200 週刊文春7月5日号。あらら、三菱電機の幹部と防衛庁長官がゴルフしてます。 6/21/2007 犬老師テーマソング♪ ジャスミンの花咲くテラスの午後三時。 じっと見つめて欲しいのよ。 特別の愛で、ふるえて欲しい。~ 間奏 ジャンジャンジャン...(注:奥様、お嬢さんのお名前を叫んでも可。) 36才の夏だから、ミナミの帝王犬ちゃんは パパだから。 冷たい目で見ないで。~♪ 改変:『天才バカボンのパパの歌』 老師、一生ついていきます。わんわん! 6/4/2007 一篇评论一篇评论。 转载 :BBC 中文 6 4 论坛 新增时间: 2007-6-4 下午12:01 GMT ‘昨天熬了一夜,写不了什么东西。我是对着电脑,等到了六四,这真是人生的一种偶然。枪响的那个夜晚,怎么会想到此时此刻在英国,干着一件毫不相关的事情。’ 昨日は一晩徹夜したが、何にも書けなかった。パソコンに向かい、6月4日(*天安門事件が起きた日)を待っている。真に人生とは一種の偶然である。銃声が鳴り響くあの晩、(現在)同じ時刻に、イギリスで全く関係のない事をしていようと想像しただろうか? ‘记 得布莱尔宣布辞职日程,BBC上游照片,有人举牌,上书blair baby。如果这样的表述方式引入到汉语,那么我就是一个"江泽民儿童",刚刚上完小学最后一年,我看到了社会最丑恶的一面,或者说一个国家,一个群体之 恶淋漓尽致地展现,谎言,虚荣,懦弱,残忍,叛变,冷漠,这种丑恶不偏袒任何人,不管你是枪手,还是流亡者,不管你是在会堂里商讨的人,还是广场上抗议的 人。’ ブレアが辞職を表明した日、BBCには写真がのり、広告を載せブレアベイビーに意見を提出する者もいた。もしこのような表現方法を中国語に取り入れるなら、私は、一人の‘江沢民児童’である。小学校の最終学年を終えたばかりで、私は見たのだ。社会の最も醜悪な一面、或いは国家、団体の野放図な悪の展開、嘘、虚栄、弱さ、残忍、寝返り、無関心を。このような醜悪さはいかなる人もえこひいきしない。狙撃手であれ、逃亡者であれ、人民大会堂の中で討議した者であれ、広場で抗議した者であれ。 ‘现在想起来,自己对于社会的不信任,也许可以追索到那个时期。在江时代的经济繁荣中长大,那种转型期的巨变,更加剧了无常的感受。幸福就是让阴寒的毒液更加苦涩的陪衬,这就是增长的时代,我,一个江时代的儿童,困扰了这么多年的心灵的黑暗处。’ 今思うに、自分の社会への不信は、あの時期に遡るのかもしれない。江沢民時代の経済繁栄の中で成長し、あの転換期の巨大な変化が無常感を激しくしたのだ。幸福が毒の苦さを更に引き立てる、これこそが経済成長の時代なのだ。私、江時代の子供は何年もの心の暗黒に悩まされている。 ‘越幸福,越怀疑。一个人的满足和无忧无虑,真的是需要他人的死去,果断的政治杀伐来保证的吗?今年也是英国福岛大战25周年,对于丧生的200多名英军,600多名阿军,他们是否真的有在天之灵吗?’ 幸せになればなるほど疑念を抱く。一個人の満足と安定は、本当に、他人の死や果断な政治的殺戮をもって保障されなければならなかったのか?今年はフォークランド戦争25年目でもある。イギリス軍200余名、アルゼンチン軍600余名の失われた命、彼らの魂は本当に天国にいるのだろうか? ‘昨天下午在巴斯的教堂,看到一个又一个死去人的碑铭,仿佛能够感受到那种不愿意被放弃,不甘心被遗忘的世俗念头。在溘然之际,真的能够安静地聆听到上天的召唤吗?’ 昨日午後バースの教会で、一つまた一つと死者の墓碑銘を見、見捨てられたくない、世間に忘れられたくないという思いを、感じる事ができるような気がした。不慮の死に際して、天の召還の声を静かに聞き入れる事が本当にできるのだろうか? ‘每个六四的时候,都会想点什么,就好像一个人出门的人,常常回头看着自己家乡的方向一样。’ 毎年6月4日になるたび、何かを思う。旅人が、しばしば振り返って故郷の方角を眺めるかのように。
性先进, bristol
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http://www.youtube.com/watch?v=Ki9xcDs9jRk BBCチャイナ論壇『天安門事件をどう見るか』に寄せられたコメントです。 5/30/2007 lol 2万峰。 来自:http://www.douban.com/group/topic/1565552/ 听:万峰老师,我明天要结婚了! (兴奋状) 万:这个小伙子,结婚了还打什么电话。 听:我和我女朋友还没有那个过,万峰老师,我想问你,第一次我该怎么做比较好?我现在很紧张。 万:是么!这个年轻人要表扬!现在像你这样的年轻人已经不多了!有毅力!我要好好表扬表扬你! 听:谢谢!您说我该怎么办?我很紧张,我女朋友也很紧张。 万:这个吗,你难道一点都不懂么?可以到书店里去翻翻书吗,也可以买碟片学习的吗。 不要紧张。 在这里讲这个好象不是很合适,有很多人在听的。今天就不讲了,好不好? 听:哪里有我…… 万:其实吗,你只要等勃起以后…… 接着他就把整个过程在广播里讲了一遍,不带停的。 口淫…… 笑死了!! 谢谢lsshha~ 我要好好表扬表扬你! Forever 25不是艺人,而不是女人,何必谎称自己的年龄?
要不是我指出,你以后也肯定是像某人一样‘永远的25岁’ lol
乾 清
我想您应该是位疯子神经病患者或是歇斯底里不可理喻的人。
建议大婶您先预约一下心理医生然后再去疯人院做彻底的治疗。
不要再出来骚扰亚洲人们的正常生活了。
唉!我不想再写下去了,因为在我看来您是个没有任何价值的有辱社会风气的小丑;
您是位自私~心理极度变态扭曲~心理极度颓废黑暗~整天以谎言为生的没有素质的病人。
(我写到这里真的忍不住要吐了,因为你才是个极度令人恶心的神经病)
谁是神经病?
5/29/2007 骗子公告!! 现在我和此人毫无关系 http://www.douban.com/people/1378676/ http://qianqing95.spaces.live.com/ “我感觉这个世界上像他这样的骗子是没有好报的。骗人没有好报,那是应该的。” 他早就不是我的友邻,我最讨厌爱撒谎的人。 ken “狂気に行ったか。スペースにこれらを事重大さを持たないために書く。刺激したかだれがあるか。私に言う。” hackingした挙句、この言い草。なにがキチガ×よ!しかもタメ口!(怒!!!) 恶心极了!! Paul Newman虎っぷ大佐に捧げます。 《虎豹小霸王》 http://www.youtube.com/watch?v=howEAqstkzQ 自転車の二人乗り。 恋人同士の場合、女性は前、後ろは男性が正解です。(^_^) 5/23/2007 ワイルドスワン我几年前读过翻日语版的《鸿》。‘在日本成为了畅销书’红字的那些记述是真的。 在读的时候我觉得,作者张戎要尽量从客观的观点来写那本书。 转载: 张戎的《鸿》与野天鹅与“野鸡” (博讯2005年6月16日) 张戎用英语写成的“Wild Swans: Three daughters of China”,其实不该翻译成“鸿:三代中国女人的故事”,而应该翻译成“野天鹅:三个中国女儿”。这不但成为英语互联网的畅销书,还被翻译成30多种文 字,总计出版上千万册。书中讲述了作者的外祖母、母亲和作者本人三代中国女人的故事。
野天鹅其实就是俗话说的“野鸡”,是美丽而不幸的女人们的代称。
我看过"Wild Swan" 等书和许多电影,看到××× 许多人不知道《wild swan》这本书,我很吃惊。我对为什么尊敬×××的疑问解开了。这本书的中文名称是《鸿》,是极度崇拜×××的中国共产党高级干部家庭的记录。可能在中国禁止出版吧。 德国纳粹和日本曾经为什么会做出那样残忍的行为,看了这本书之后我才明白了。 这本书在日本很有名,不妨知道一下。 我是在日本留学的中国人,开始看《鸿》这本书是从老师那里得到的,我想一定要好好地看这本书。令我非常钦佩的是著者的才能,此书用非母语的英文写成,并在许多国家成了畅销书。 《鸿》在中国禁止出版一事,我有些怀疑。在中国能看到比这本书更加“反动”、更加深刻描写中国政治现状之残酷的书,比如看“知青文学”、“文化大革命文学”等这样的书就可以知道。 但是, 即使这本书在中国出版,也不会成为畅销书吧!出版社真赚钱呀……这本书还是面向外国人的吧。比如,作者描写老太太的小脚非常地详细,我觉得如果面向中国人的话,一句话就解决了。其它还有许多这样的情况。我很快就看完了这本书,大体上有了个了解。 我认为中国文学十分优秀(中国人有些自大吧?)。但翻译成外语时,往往难以表达中国独特的韵味。所以,外国人不容易理解中国的文学。《鸿》用自 传、家庭传记的形式,向外国人介绍了中国历史、政治、社会状况等,从这个角度说也许可以称得上是好书,但我认为它并不是能代表中国的书。 有人说,我没有看过“wild swan”等许多电影,但是我也没有兴趣去看!你所说的×××摧 残了许多中国人才、传统和文化就可以知道你是一个很武断的日本人,至少你是一个不了解中国近现代历史的日本人,用我们毛主席的一句话“没有调查就没有发言 权”,意思就是假如你不努力去了解一件事,就没有权利对事情发表自己的看法。我知道很多事情在不同的人看来有不同的看法,把发生中国的事情拿到国外去拍 摄,特别是一些别有用心的人或者是你这样不了解中国历史的人去拍摄,结果是可想而知的。就像我们中国早期的抗日电影里的冈村宁次、山本五十六以及你们的天 皇都被极大的描述成恶魔,不知阁下看见了中国电影会不会说“八格某某天皇呢?” 中华民族是一个知恩图报的民族,中国人尊敬×××是他把中国人民从苦难中解救出来,我可以给你讲一个我身边的故事: 我有一个很疼爱们的长辈,平时对我们从来都是和颜悦色的,有一次我和朋友与他一起聊天,无意识的说起×××三个字,长辈勃然大怒,在他看来直接称呼×××是对主席的不尊重,我举这个例子是想告诉你×××在我们中国人民心目中的地位,我觉得一个人好坏不是几个人的言语、一部电影就可以推断的,要大多数人去评价,在中国决大多数人都尊敬我们的主席,他做了对决大多数老百姓有益的事,所以在中国人看来他是好人。 对于你所说的×××出生在现在是否还是中国的TOP人物,我觉得很可笑,因为这个问题很幼稚,就像问你长成30岁还吃不吃母乳一样可笑?世界是运动的,我们不能用现在的眼光去要求前人,人类假如不进步,也许现在你还长着小尾巴,在地下爬呢!好了,我要抓紧时间学学日本历史去。 但是我告诉你:你说你没有看过 “wild swan”,也没有兴趣去看,还引用毛主席的话:“没有调查就没有发言权”。这句话的意思是,某一事物如果不付出很大的努力去了解它的话,那么对于这件事情,他没有资格去评论。 ×××的这句话是矛盾的。我认为这与用心里话讨论的主页之主旨也大相径庭。 你无异于说“我听到外国人对×××有否定言词就不高兴”,要判断我是不是武断的人,应在实际地看完《鸿》(译者注:“wild swan”中文书名为“鸿”)之后再去定夺。无论对《鸿》是何评价是您决定的事情,之后您对YUUKO的如何判断也是您的自由。 我想借此介绍一下《鸿》。此书的作者是张戎,描述了从她和她的母亲、祖母三代女性眼中看到的近代中国史,这是一部从清朝灭亡、军阀混战、日本侵略、抗日战争、国共内战、文化大革命以及文革后这一长时段的、以她们主观的眼光描写的自传小说。也许与中国正规教科书中记述的不同。但这是她们的历史。著者张戎在文革中受到了伤害,所以当然对文革持 否定态度。但决不要把张戎想成背叛民族之人。她的父亲是50年代的革命干部,是个非常了不起的人。文中有这样的情节:当他的妻子(著者的母亲)病重缠身, 他却说作为干部不能滥用特权,而拒绝了医院为他们的特别关照。后来她的母亲死了,父亲撤职,著者被下放到农村。如果断定她父亲的行为是善的,感到悲伤的著 者的行为就是恶的的话,那么《鸿》是宣传反文革政治的书了?! 如何去看这本书,如何去判断是您的自由。 补充一点:张戎特别讨厌日本军。
5/10/2007 天生小气?最近才发现,我老公很少送给我礼物,而且买点心的时候也只买一个。←我家有两口人。 昨天我们把一个芒果布丁分开两块吃了。每月给他足够的零花钱。想不通啊。...(-_-;) 最近ようやく気がついたのだが、うちの夫はプレゼントを滅多にくれない上に、 お菓子などを買う時、いつも一個しか買わない。←二人家族です。 昨日はマンゴープリンを半分こして食べた。毎月十分なお小遣いを渡しているのに、 納得いきません。...(-_-;) http://www.youtube.com/watch?v=_W0RRuUEezI 台湾の人気番組『康煕来了』。テーマは『芸能人のビンボー人生』。 番組中で若亜お姉さんが紹介しているビンボー料理。『高湯王子麺』の作り方は以下の通り。 コンビニで、三元のラーメンを買う。おでん(台湾では『関東煮』と呼ばれています)の汁(タダ)をもらってきて麺にかける。 胡椒粉(スープの素?)をかければ、なつかしの味、『高湯王子麺』のできあがり。 彼女は貧乏な学生時代、パンにケチャップをどっさりかけてふやかし、一口づつちぎって食べていたとか。(凄) 5/7/2007 What colour is the wind?Charlie Landsborough “I will love you all my life” Charlie Landsborough http://www.youtube.com/watch?v=0aeQ-Y9DAjw 最近经常听他的歌,多么好听的声音啊! 他写的歌词,内容很simple却令人深思,自然想到什么样的家庭、环境能够培养他那么音乐家。 于是查到了他的经历,结果真出人意料,想不到他在军港城市长大,曾经做过那么多的工作,甚至当过士兵... “What colour is the wind?” Charlie Landsborough
What colour is the wind, Daddy
I was
reared in the dockland area of Birkenhead and the view from our
front window was a mixture of docks, dumps, railway lines, oil factories
and the coal wharf. It sounds grim but my childhood was far from
that. Surrounded by a loving family, animals and of course music
my early years were extremely happy. My brothers were all sailors
and apart from the guitars and all the music, they brought home
gifts from all around the world. I remember sitting enchanted by
the scent of the wood in a guitar brought from Spain, my imagination
afire at the sight of a small canoe carved by natives of West Africa,
pistols with real revolving chambers from the US and getting my
first pair of dungarees from Canada. Small wonder I so eagerly awaited
the return of each brother from another trip. Our house was always full of animals and apart from dogs and cats we also kept chickens in the back and at one time a duck. There was also birds - budgies, canaries and finches and a very special gift of a monkey smuggled in by my brother Harry. This little delight with the unimaginative name of Jacko made me very popular with schoolfriends. These things apart, my brother Jack, a sort of scouse St. Francis, was always bringing home assorted four-legged waifs and strays. That house is now earmarked for demolition and I climbed in recently to have a last look round for old time sake. In my mind it had seemed so much bigger. In reality it was very small and I was amazed to think how it could have been a home to so many people and animals. I was always surrounded by music and my dad told me I used to sing myself to sleep when I was about three. He was a ballad singer billed locally as the Silver Voiced Tenor and one of my earliest recollections is of sitting on his knee at a 'do' and duetting with him on You Take The Tables And I'll Take The Chairs. My mother's favourites were Gracie Fields and Hank Williams - now there's a combination. My brothers of course were returning from their voyages with the first guitars I'd ever seen and wonderful country music from such artists as Hank Williams, Jimmy Rodgers, Ferlin Husky and Montana Slim. They'd often arrive home with a group of friends and a crate of beer and I'd sit enthralled as they laughed and sang the hours away. At Primary School I had blonde shoulder length hair (yes long hair even then) for a while my dreams fluctuated between being a great footballer or a great artist (see picture!). The long hair had been cropped at the time of this picture - I think the result of a basin-cut (so called because you put a basin on the head and cut round it, in the days when you couldn't afford a barber) from my brother Arthur. At the age of about fourteen when I was in Grammer School my brother surprised me one day trying to play the guitar - I think I'd managed the first few notes of the Harry Lime theme. He ignored my self-consciousness and showed me a couple of chords. I was hooked! I'd sit up 'til late playing Hank, Elvis, Jimmy Rodgers, etc. Of course my education began to suffer and my headmaster, the kindly Mr. King, later commented that I'd had a good academic future ahead of me until I'd discovered that 'damn banjo'. Thank God for that 'damn banjo'. Disenchanted somewhat with the world in the wake of my mam's death when I was only twelve I left school early and made minor excursions into the work place. I worked as an apprentice telephone engineer, on the railways, in the flour mills and wound up trying to be one of the lads. To be accepted with any sort of prestige among my peers meant either being a hard case or a theif. I'm ashamed to say I tried both, with pretty disastrous consequences - I wound up in Walton Gaol for a couple of months. My honest, upright and caring family were stunned. I suppose I was looking for attention. I remember the day I was driven to court on a coach along with a few others. I sat in handcuffs and over the radio they played Don't by Elvis and Every Time We Say Goodbye by the lovely Ella. I was hoping there was not some deep significance in the titles. Fortunately
I was given probation and suitably chastened by the whole ordeal
I returned home to my thankful and forgiving family. I was soon bored with my situation however and decided that for excitement I, like my brothers before me, must travel. Finding the Navy Office closed I joined the Army without informing any of my family. My sisters were in tears but armed with my guitar and a D.A. hairstyle I set off to Wales to do my training. I then applied for a posting in Hong Kong and with typical army logic found myself in West Germany. I made many great friends (some of whom I now meet up with on my travels) and started to play in bands with such exotic names as the Rockavons and the Onions. One abiding memory of my army days was of the Cuban missile crisis. Being only thirty miles from the border I was convinced that within a short space of time I would be dead. After going into N.A.T.O. camps the scene of frenzied activity. When I got back to our camp what did I find? Our lads were padding around polishing floors and locker knobs for an inspection the next day. Was I relieved when the Russian vessels turned! After four enjoyable years I grew a little bored and bought myself out. My army record states that I am intelligent, reliable and a good runner! Not a very distinguished career eh! Still I had learned German and how to drink with the Scottish, the Irish and the Geordies etc. without falling over. After leaving the army I was back in Birkenhead and jobless. I left for Coventry and after a short stint as a postman I decided to return to Germany. I arrived in Dortmund with the equivenent of about half a crown to my name, to audition for a band called Chicago Sect. I'd been singing country songs and ballads around the pubs back home and of course knew very little about Tamla Motown, Rock etc. The band were not impressed at my ignorance as I shook my head at each song they suggested. Just as it looked like I'd have to hitch back home someone asked if I knew any Ray Charles. I knew Georgia! I sang it and was in. Thanks Hoagy Carmichael! ...... Once I was married I became a little more responsible and although I played with the local bands I worked a variety of jobs during the day. At various times I was a grocery store manager, driver, navvy, quality control engineer (bluffed my way in) and finally a teacher. All the time my dreams were of music.......
4/29/2007 今晚播放*NHKSpecial“日本国憲法誕生” NHK TV 1ch 今晚9:00PM~ http://www.nhk.or.jp/special/onair/070429.html 日本,5月3号是节日,是制定宪法纪念日。 最近几年许多政治家强调,这些宪法是美国GHQ硬推给日本,不结合实际情况,应该重新改定。 日本宪法真的是美国GHQ硬推给日本而制定吗? 其实,日本宪法怎么制定,这个事情日本国民现在大都不太详细。 NHK查阅庞大的资料,做了一篇纪实节目,转达日本宪法成立的目的和经过。 *ETV特集“What's Terayama” NHK TV 3ch 今晚10:00PM~ http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html “在火柴擦亮的一刻亮光,我在厚雾中看见了海洋。是否有一国家可让我献上生命?” (-マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや -寺山修司 Terayama Shuji) 期待中。 【感想】 NHKスペシャル『日本国憲法誕生』は、非常に面白かったです。 現行憲法は、GHQが一方的に作り、日本に押し付けたのではなく、 日本、GHQ(アメリカ)、連合国側のさまざまな人の思想感情のもと、 多くの修正を経て誕生したという事が、簡潔にまとめられていました。 現行憲法の誕生の裏に、天皇制の維持という目的があったとは。 女性の権利、生存権、戦争放棄といった条文作成に携わった人たちへの インタビューからは、平和、民主と平等といった理想を重んじる現行憲法の良さ を感じました。なるほど、芦田均が第9条の「前掲」を「前項」と言い換えたのが 後の自衛のための軍備の是非という混乱につながっていったんですね。 つまり、GHQは眼をつぶったふりをして、後でしっかり利用したというわけか。 芦田氏も自発的に言い換えたんでしょうか?(^_^) “我们需要的不是‘规律’,而是‘自律’。”-《我是狼的时候》寺山修司 (私たちに必要なのは規律ではなく、自律なのである。-『ぼくが狼だった頃』寺山修司) ベアテ・ゴードンさんと楊覚陽さんの流暢な日本語、敬服の至りです。 これだけの内容の条文を短期間で修正して完成させたのは、GHQ側、日本側の メンバーが共に非常に優秀で、若かったからかもしれません。 ETV特辑《What's Terayama》、简直是羊頭狗肉。应该叫《What's团块世代》!太无聊了。什么《What's Terayama》(怒) 4/26/2007 唯一神中文版、ついに出ました!! ありがたやありがたや。勉強になるわ~。 http://blog.roodo.com/homejack23_movie/archives/2960729.html http://www.youtube.com/watch?v=EWq3tORxoIc *視聴者の感想(中国视听者感想) “他干吗补一句(なんでひと言つけくわえるんだろ) 如果我当选的话……那些家伙会被吓到!(私が当選したら...奴らはビビる) ……我也会被吓到。(私もビビる) 补"我也会被吓到"真是令人喷饭呀”(“私もビビる”。マジ笑えるぜ) 同感です。(同感.。) “如果日本有三个外山恒一,这个世界会灭亡啊!(爆)” (日本にもし外山恒一が三人いたら、世界は滅亡だ!(爆)) 一人で十分です。(有一个人就够了。) この人はいわゆる‘Trickster’なんですね。 我觉得他是所谓的‘Trickster’。 ブログを読んだ限りでは、結構まともな事を言ってます。 由看他的日志来判断,他并不是疯子。 原文を読みたかったら日本語を勉強してね。(^_^) 如果你想阅读他的文章,先学习日语吧。 http://www.warewaredan.com/blog/ http://www.warewaredan.com/ 都知事選のポスター、一枚500円で販売するかもしれないとか。ちょっとほしいかも。 他当然落选了,经济情况也不好了,或许把选举海报出售而挣钱(*单价未定一张500日元?),想买啊。 実は今日までTricksterをTrickstarだと思ってました。間違いに気づいたのは彼のおかげ。(-_-;) 老实说,我一直把Trickster以为Trickstar,多亏外山恒一今天才知道耶~(-_-;) |
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